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1998年3月

逐次通訳のノートテイキング指導

永田 小絵

Contents : 1.ノートテイキングの原理
          2.ノートテイキングの方法
          3.ノートテイキングの実際 
          4.ノートテイキングの指導
Key Words: ノートテイキング、言語能力、世界知識、専門知識、起点言語、目標言語、 空間配置、図式的ノート、記憶力補助、理解促進、省力化、記号、略語

 

摘要

 本論では、通訳技術のひとつである逐次通訳のノートテイキング指導に焦点をあてる。

 逐次通訳を行う場合、ごく短文(数秒間から十数秒間以内の一文ずつの通訳)で、話題がごく一般的なものであれば、通訳訓練を受けたことがなくても、外国語学習で修得した言語知識と一般常識の範囲内で逐次通訳に対応できる。このような通訳は、地域のボランティアや善意通訳などの場面で用いられている。話題が専門的な分野に及ぶ場合でも、その分野の専門家で二言語を修得している者は、特に問題なく通訳を行うことが可能である。たとえば、企業内で技術的な話題の通訳を日常的に行っているインハウス通訳や、または学術交流などで学者や専門家が臨時に通訳を行う場合などがこれにあたる。

 だが、フリーランスの専業通訳者が業務を行う実際の通訳現場では、2〜3分間以上の長文逐次通訳を行う場合も多く、しかも通訳者自身は専門家でないことがほとんどなので、これに対応できる能力を修得する必要がある。そこで、逐次通訳の重要なスキルであるノートテイキングをいかに指導していくかが通訳指導の問題になる。また、ノートは訓練を受ける学生の側にとっても習得を特に希望する技術でもある。

本論ではノートテイキングの原理と方法について過去の文献をレビューしつつ考察を加え、次に実際のノートの例をあげて若干の分析を試み、さらにノートテイキング指導の方法について文献から例を引き、さらにケース・スタディとしてISS通訳研修センター日中通訳コース本科の授業を紹介し、最後に訓練生のとったノートにつき、指導前と指導後の変化を観察する。

1.ノートテイキングの原理

 まず、逐次通訳のノートテイキング(以下、ノートと略す)は、これまでどのようにとらえられてきたのか概観し、ついでノートの役割について考える。

1.1  ノートの前提

 最初に、ノートを取る段階について考えてみたい。ノートを時間的観念からとらえるとき、二つの側面から考察することが可能になる。ひとつは、言語修得がどの段階まで達したら通訳技術の一つであるノートを取り始める条件が整ったと考えられるかという問題であり、もうひとつは実際に起点言語を聴取しながらどの時点でノートを取るかという問題である。前者は通訳者の言語能力と知識に密接に関連し、後者は通訳者の理解力と分析力に依存する。

1.1.1 発言のメッセージを確実に理解できる言語能力と知識

 発言を聞いてしっかりと理解できることをノートの前提として強調している例が多い(西山1988、鄭1989、篠田・新崎1992・1998、大谷1992、馬越1995)。つまり、起点言語のメッセージを理解できなければノートを取ることもできない、耳でキャッチできた語だけをメモしても逐次通訳の役には立たないという意見が圧倒的だ。ノートは起点言語と目標言語の言語能力をある程度まで修得した時点で学習を開始すべき技術の一つであることが明確になってくる。引用文献中、ノートに言及した部分の見出しや本文中に「通訳術」という語を用いている例もあり(塚本、西山、大谷)、一般の語学学習とは差別化された通訳スキルとしてとらえられていることもこのことを物語っている。発言を理解できる言語能力が修得されるまでノートは取れない、ということになると、ノートの指導を開始する時期をいつにするかという通訳訓練指導に深く関わってくる。多くの専門家が「はじめはノートを取らせず聞くことに専念させる」と述べているが、この点については「ノートの指導」で改めて検討したい。

1.1.2 ノートを取るタイミング

 さて、実際の逐次通訳の場で、起点言語のメッセージが完全に理解できた時点でノートを取り始めるとすれば、聞いたとたんに急いで単語を書き付けるというノートは存在してはならないはずだ。また、ノートに取る内容は単語だけではなく、文法や談話全体の構造を反映したものになるだろう。なぜならば起点言語全体の意味を理解するためには、個々の単語に対する理解だけでは不十分で、それらの語がどのような文法関係によって組み立てられているのか、また文と文の関連、あるいは数分間に及ぶ発言であれば、パラグラフどうしのリンクはどのようであるか等々の全体をとらえる力が必要になってくるからである。つまり書かれたノートは「発言者が話した内容を注意深く追随」(西山)している必要があり、首尾一貫した談話の内容を反映するものでなければならないと言えるだろう。

 したがって、ノートは発言の「内容を了解した時点で」(鄭)取るものである。そこで、理解と分析の過程を経ずに、聞こえてきたものをただ闇雲に書き並べるやり方は、ほぼ全ての専業通訳者が否定している。ただし、訳出時点で内容理解を必ずしも必要としない、音声反復を要求するもの、つまり初めて聞く人名や地名など固有名詞に関しては、記憶から消失する前にその音自体を記録しておく必要がある。数字などに関しても、その数値の意味するところを考える前に書き留めておかなければ訳出に支障を来すことになる。したがって、このような内容は思考や分析の過程を経ることなく書き留められる。

 

1.2 ノートの意義

 ノートの役割について、全ての文献に共通して書かれていることは、以下の通りである。

1.2.1 通訳者の記憶を補助する手段

 「三分間以上の発言になると全てを記憶できない」(鄭)と時間を明示した例もあるが、そのほかの文献では、発言の長さに関する記述はない。実際、何もノートしなくても記憶できる発言の長さを規定することはきわめて難しい。記憶しやすいかどうかは、起点言語にあらわされた内容と、通訳者の知識の両方にかかってくるからである。起点言語の内容から考えると、一般的に言って、意味を見いだせない音や数字等の羅列を長時間記憶することは困難だが、ストーリー性のあるものは記憶しやすいと言えるだろう。しかし、ある通訳者にとっては意味のない音の羅列が、別の通訳者にとっては確固たる意味を持って聴取されることもあり得る。通訳者の世界知識の広がりによってノートの内容も変化するはずだ。たとえば、同じ企業で長年にわたってインハウス通訳を行っているような場合、業務内容と発言者の論理展開を熟知した通訳者は時には数分間の発言をごくわずかなノートで、あるいはそれもなしに、伝達する事が可能だろう。一方、予備知識の全くない通訳者がいきなりこの企業に呼ばれ、テクニカルな話題の通訳をさせられた場合は、数秒間に満たない専門用語でも逐一書き留めておかなければ、その音をそのまま再現することさえできないかもしれない。その場の状況における通訳者の位置、知識、経験あるいは発言者の話し方、速度、話の内容、論理展開の仕方等々によって、記憶の補助手段として記録が必要な内容も変化すると考えたほうがよい。補助する必要のあるものは、個々の通訳者によって同じではない。これが「ノートは個人差が大きい」ゆえんであろう。

 したがって、ここで「記憶」と呼ばれているものは狭義の「短期記憶」としてではなく、通訳者の脳内に蓄えられた「知識」すなわち「長期記憶」も含むものと考えるべきではないだろうか。また、全く同じ内容の談話を繰り返し通訳する場合でもない限り、通訳を行うには、話題に関する知識だけでは不十分で、発言者個人の意見や話の展開も伝える必要があるため、通訳者が熟知している内容であっても自分の知識(長期記憶)だけに頼って訳出することは不可能である。忠実な逐次通訳を行うには、談話の内容理解と同時に論理展開の分析も必要になり、ノートにもそれが求められる。

1.2.2 通訳者の理解を補助する手段

 ノートに「記憶の補助」よりも、さらに積極的な役割を見出すこともできる。すなわち「ノートを取るには、発言をさらに分析理解する過程が必要となるため、ノートは通訳者が発言者の意図を理解する手助けとなる」(鄭)というものである。

 ノートの取り方については、後述するように、どの文献を見ても原発言の構造を反映した図式的なノートの方法を提唱している。このようなノートを取ることを心がけると、原発言を聞いて内容を理解すると同時に、その構造を分析し、情報を整理する習慣が必然的に要求されることになる。つまり、ノートの形式自体が発言の理解を促進する要素になり得るということだ。耳から入ってきた音声を内容のあるメッセージとしてとらえ、さらにその内容と構造を紙の上の空間に再現することで、理解をより促進するためには、ノートの形式にも通訳者それぞれの個性を超えたある普遍的な法則性が発見できるのではないだろうか。ひとが言語を理解するとき、受け取った言語の内容をどのように処理すればより深い理解が得られるかを研究することは、より効果的なノートを実現するうえで決して無意味ではないだろう。さて、ここに一つの注目すべき論点がある。逐次通訳のノートに直接の関連した論文ではないが、文章理解を促進するための「空間配置」に関して考察を行っている。下記に引用してみたい。

読みのプロセスを『見る』(三宅・野田1998;月刊『言語』2月号)
 「文節または文を1単位としてカードをつくり、それを空間上に配置しながら読む。−−中略−− カードの山とA3程度の紙を渡して紙面上の好きな位置に置きながら読んで欲しいと頼むと、ほとん どの人がごく自然に空間を利用して「読む」。自由に配置して良いと言われて、それでもなおカードを 上から順に下まで一次元的に並べたという被験者はほとんどいない。その意味ではこの「空間配置読 み」は読みに隠されているある種の自然な構成のプロセスをそれほど負担なく顕在化させるものだと 考えてよいのではないかと思われる。」
 「(カードを)自由配置条件と直列配置条件による読みを行い、理解度の違いを見る−−中略−−全体 として自由な配置をすることが、より注意深い読みや意味的な構造をとらえた的確な理解を促進して いると考えられる。配置しつつ、配置について考えながら読める、といったこの方法の特徴がこの促進の原因であるのかもしれない」

 論文に付された配置図を見ると、その配置の方法は、プロの通訳者が共通して提唱している逐次通訳のノートと似通った点が非常に多い(この点に関しては、3.ノートテイキングの実際で詳述する)。
   こうして見ると、プロの通訳者がノートを取るときに行っている作業は、線状に連なって現れる音声を聴取しながら語の意味を認知し、さらに語が出現する順序を手がかりにして構造的な意味をとらえ、その構造を支える情報単位(文節や文など)に適宜切り分けて局所的な理解をしつつ、それがあるまとまった概念になっていく過程で、局所的に理解した単語やイメージなどを構造に留意しつつ紙面空間に配置して書き留めていく、ということになろう。また、局所的な理解を積み重ねるにしたがって構造的な理解が生じ、さらに全体的理解によって局所的な理解の方向修正をすることも可能になる。そこで、訳出された目標言語は必ずしもノートに記されたままの表現を用いないという現象が生じる。
   また、ノートには手の動きそれ自体の果たす役割もある。文章を書くときに、実際にペンを走らせたり、キーをたたいたりすることで、それまでぼんやりとしていた思考が明確化し、さらに新たなアイデアが生まれた経験は誰にでもあるだろう。手を動かして、文字や記号として書き留めることで漠とした思考が具体的な形を持って現前するという側面をおろそかにはできない。書くことで自分が理解した内容を紙の上に定着させ、再確認するという役割もノートに認めてもよいのではないだろうか。

1.2.3 コミュニケーションを促進する手段としてのノート

 ノートは時として、話し手や聞き手にとっても意味を持つものとなり得る。逐次通訳を行っているときに、話し手または聞き手がすぐ横にいるような場合、通訳者の手元をのぞき込む人は非常に多いものである。時には長広舌の通訳を支える手段に対する純粋な好奇心から、時には話し手が通訳者の理解したところが正確かどうか知りたいという気持ちから、また時には訳出が始まるまで待てず、少しでも早く内容を知りたい聞き手の視線がノートに注がれる。話し手や聞き手の視線を察知した通訳者は、(その余裕があればの話だが)彼らに理解しやすいようにキーワードや数字などを見やすく書いて目配せなどをすることもある。このような状況のもとでは、ノートは通訳者の訳出のためだけにあるのではなく、話し手や聞き手をコミュニケーション成立のための共同作業に引きずり込む役目も果たしてくれる。よく通訳者は「黒子」とか「透明人間」が理想だと言われる。しかし、これは通訳者が当面の話題に関して話し手と同等かそれ以上の知識を有し、完全に話し手の自己の一部として作用する場合、またはよくできた同時通訳の場合のみに言えることである。一般に逐次通訳の場合は、話し手・通訳者・聞き手の三者が共同作業者として全体のコミュニケーションを作り出すほうが望ましく、通訳者の存在が完全に忘れ去られるのは却ってよくない。話し手に自らの話の内容が通訳者を通じて外国語に転換されることを意識させるうえで、ノートは効果的な小道具になり得る。
 通訳者が自分の話を聞いて理解しながらノートを取っていることを意識した話し手は、通訳者など眼中にないといった調子で滔々と話し続けることはなくなり、より正確な伝達を達成するために協力的になる。また、理解と分析を前提とするノートを実行すると、話が理解できなくなった時点で話し手にストップをかけて質問をすることもできる。これも話し手に通訳者の存在を意識させる方策の一つである。
    聞き手にとってはどうだろうか。話し手が自分には理解できない外国語で話している間、聞き手は退屈している。そこで、退屈しのぎに、または早く内容を知りたいという気持ちから、通訳者のノートをのぞき込む。このときにもノートは聞き手に対して具体的なキーワードや数字を伝達するばかりでなく、通訳者が話を確実に理解できているという情報をも伝達することで、通訳者に対する信頼感を生じさせ、より効果的なコミュニケーションを実現する役目を果たすことが可能なのである。だが、このような場合にはあまり乱雑なノートを見られては却って逆効果となるので、注意しなければならない。

2.ノートテイキングの方法

2.1 ノートの原則

 「理想的なメモの取り方などない」(篠田・新崎)、「個人に独特のもので、決まった方法はない」(西山、水野)というのが、これまで通訳養成校で繰り返されてきた言い方である。当然、通訳の話題の違いや、それぞれの通訳者の知識の程度によってノートの方法や量も異なってくるから、完全なマニュアルを作ることは不可能だ。また、ノートだけで逐次通訳の全てが解決するわけでもない。しかしそれでも「通訳の真髄である逐次通訳を支える唯一の手段」(大谷)と呼べるほどにノートの果たす役割は大きいわけで、通訳を職業技能の訓練として行おうとするのであれば、「個人差が大きく自分で開発するしかないから、教えられない」と言って無視するわけにはいかない。実際、ノートは二義的なものという位置づけにもかかわらず、通訳学習に関する文献でノートに言及していないものはなく、大体において以下に述べるようなノートの二大原則で共通している。それぞれについて考察してみよう。

2.1.1 空間配置で構造を明示する図式的なノート

 文字や記号の配置を考えることで、原発言の構造的な理解を促進する効果がある。発言が聞こえてきた順序通りに線状にズラズラと書き並べたノートは、文法構造や談話の論理展開を把握しなくても書ける。つまり、理解と分析のプロセスを経ていないノートということになる。しかし、もしも文を主語、動詞句、挿入句等々と談話を分析しながら、あるいは談話全体から見た場合は、話題の提示、説明と例示、エピソードの挿入等々と構造を把握しながら、その構造に応じて適切な位置に書き留めることを意識的に行うならば、通訳者は自ずと理解と分析の過程をたどることになるだろう。これを特に意識せずに瞬間的に行えるまでの言語能力を取得していることがノートの前提であり、聞きながら情報を切り分け、構造的に整理していく反応が遅ければノートを取ることはできない。ひとが文章を読む時に、情報を切り分け並べ替えることで理解が促進されることは、「読みのプロセス」に関する研究(三宅、野田1998)でも言及されている。これはサイト・トランスレーションにおけるスラッシュリーディングにも見られ、逐次通訳のノートもまた起点言語が音声言語であるという違いはあっても、やはり同じ原理が働いていると考えられる。

2.1.2 記号や略語を利用した省力的なノート

 記号や略語を使用することによって達成される効果は「省力化」という言葉に集約されるが、その内容には二種類ある。ひとつは、ノートに要する時間を節約すること、もうひとつは起点言語にも目標言語にも属さない表現形式を用いることで言語転換の労力を減らすことである。まず第一の効果としては、記号あるいは略語を用いる記録は全てを文字で表現よりも圧倒的に短い時間で書くことが可能であること、そして記録の時間を減少させることにより、言語理解により多くの注意力を割くことが可能になることが考えられる。特に一つの談話の中で繰り返し出現するキーワードや普遍的に用いられる地名、人名その他の名詞を略語で表すことは非常に有効である。たとえば「ニューヨーク」と片仮名を6文字書き付けるよりは「NY」とすれば単純に考えて3倍早い。次に、言語転換の面から見ると、記号を使って意味の概念化を行うことで、翻訳のステップを半分だけ行う(あるいは起点言語と目標言語の中間に持ってくる)ことができる。具体的な例をあげれば、「export」と聞いてすぐに「輸出」と訳して記録するのではなく、記号「→」を使うことでイメージ化して言語転換の下処理を行う。こうして聴取と訳出の二段階に分けて翻訳を行うことで、一度に使用される脳力資源(ワーキング・メモリ)に余裕を生み出すことができるのではないだろうか。では、以下にさらに詳しくノートの方法について観察していこう。

 

2.2 ノートの方法

 ここでは、前述の「構造明示」と「省力化」という二大原則にそって、専業通訳者のノートに共通する方策を紹介する。

2.2.1 構造明示の工夫
 文の構造を示すための方略は以下の四項目に大別される。

○縦方向配置 ○行頭の字下げ ○箇条書き ○区切り線

実際の逐次通訳授業での指導状況を見てみよう。

 ・「メモはバーティカルにとって」
 ・「平行して羅列しているところは箇条書きに」
 ・「話題が変わったら横線を引いて」(以上、コングレ・インスティテュート)
 ・「縦方向に書くことが原則」(アイエスエス通訳研修センター)

 最後のアイエスエス通訳研修センターの例では、縦方向にノートする意義を「素早く視線を動かせる」ことにあるとしているが、「ストラクチャーがわかるようにメモをとる」(NHK情報ネットワーク国際研修室)のは、ノートを見た瞬間に訳出すべき全体の構造が見渡せることが条件になるので、視線の移動がスムーズに行えることも一種の構造明示性になると考えてよいだろう。縦に情報の並んだノートは、一度に目に入ってくる情報量が横書きよりも多いことから、訳出の際にまとまった談話の全体を見て取ることが可能なのである。では以下に冒頭の四項目についてひとつずつ説明していこう。
 縦方向に情報を配置するのは、線状に連続して流れてくる言語を切り分ける作業であると言っていいだろう。情報を文節や句で区切って改行しながら書くほうが、原発言を積極的に理解する必要が生じる。なぜなら、聞こえてくる順序通りに横方向に書き連ねていく時には必要でなかった通訳者の思考の参与がなければ、文の切り分けはできないからである。文や談話の構造をとらえ、切り分けながら書き記すことは、原発言をしっかり理解していなければできないし、さらには通訳者のより深い理解をも促進することになる。これによって、情報の最小単位をひとつひとつ理解しながら積み上げるボトム・アップ式の理解が進行していく。
 そして、談話を構成する要素のある程度のまとまりによっては、その配置の位置にも通訳者の理解が反映される。それが行頭の字下げである。一般的に話の主題が示された時点で、ノートの左上にその「大見出し」を示す文字が置かれ、そのトピックに従属する内容説明、意見の主張、事例の紹介等々の「小見出し」は、それよりもやや右よりに書く。さらに小見出しに従属する内容は、より右側に来る。これによって、談話を構成する内容をそれぞれの重要性に基づき、階層的に配置していく。談話構成を明示する重要な要素である接続詞は、やはり左端に記され、前の内容とのリンク関係を明示する。  
  発言中に羅列された情報(人名や国名などが多い)は、やはり縦に箇条書きされて、並列の関係であることが示され、しかも多くの場合に縦線や枠などで並列が強調される。これによって、そこに記されたいくつかの語の間には従属関係がないことが示される。

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原稿の棒読みではない自然な話し言葉では、話が一段落ついたところにわずかな沈黙と語気の変化(次に話し始めた文の冒頭で声のトーンが変化すること)がある。これがあることで話が情報過密に陥るのを防ぎ、聞き手が話を理解するための適度な情報の密度が保たれる。通訳者は話のポーズと語気の変化によって、一つのメッセージが終了したことを知り、区切り線を入れる。そして、この区切り線は訳出の際に適当な間を与え、聞き手の理解を促す役割を持つものでもある。以上四項目の条件を備えたノートの形は、一見すると上の図式のような印象を与えるものとなるだろう。

2.2.2 省力化の工夫

 ノートを取ることが通訳者の負担となって、発言のメッセージを理解することが却って妨げられるようでは本末転倒である。このとき時間と労力を省くための工夫として記号や略語が用いられる。記号、略語は使い慣れれば確かに便利なものだが、前述の構造明示性とは異なり、ノートの本質とは言えない。しかし専業通訳者の多くが簡略化したノートを取っていることもあり、多くの学生が記号や略語を駆使することこそノートの秘訣であると考えがちである。記号と略語は、いずれもノートの省力化に役立つものだが、実際には両者には異なる性質があるのではないだろうか。まず、記号はイメージを喚起するものであると思う。よく使われるのは数学記号、○印、×印、矢印、疑問符、感嘆符など、よく知られているものが多い。つまり記号は使いやすく、見やすく、わかりやすいもの(日頃から慣れているもの)を瞬間的な反応で書き記すことができて初めて有効に作用する。受けとった情報があるイメージを与えるものであり、そのイメージを記号として書き記し、そこから訳出時に具体化することができるようにすれば記号は役に立つわけである。しかし、ある情報を受け取った後に、さてどんな記号で表現しようかなどと考えなければならないようでは、全く意味がない。そこで「最初は記号を使おうと焦ってはならない」(鄭)し、「記号の表を作って暗記するなんてことはくれぐれもしないように」(日野)、そして記号を使い始めるには「記号の意味を十分良く知るようになるまで繰り返し練習する必要がある」(西山)のである。
  一方、略語は漠然としたイメージではなく、一義的に訳語を確定できるものに用いる。主に固有名詞を代表することができるので、表を作って暗記することも価値がある。国名、地名、国際機関、その他の固有名詞、あるいは多用される一般名詞をアルファベットの略語で覚えておくとノートを取る際に非常に役に立つ。東南アジア諸国の国名が次々に出てきた時に、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン…、などと慌てて乱雑に書くより、SP、ML、ID、PHとしたほうが落ち着いて楽にノートが取れる。またCOY(会社)、GVT(政府)などの略語も即座に反応できるようによく練習して身につけておくと、ノートの省力化をより促進することが可能である。
  以上の記号、略語には仮に訳しておく一次処理の効果もある。起点言語から目標言語へ転換するための中間地点にある形としても記号、略語の役割を認めることができる。

2.2.3 ノートの道具

 実際の業務でどのような道具を使うか、具体的に紹介している例を見ると、それぞれの通訳者の好みを反映している。自分の使いやすい道具を見つけることも重要だ。
  一般に通訳者がよく使っているものに速記用ノートがある。A5版程度のスパイラル・ノートで、紙面の中央に縦に線が引いてあり、ノートを取る際には左の欄から書き始めて右の欄へ移る形で縦長に使うことができる。日本製のものにはこの形式のノートがほとんどなく、欧米からの輸入である。おそらく欧米系の通訳者から日本の通訳者に広がったのだろう。これを使っている通訳者はかなり多いようだ(『通訳者・翻訳者になる本』1998でもこれを紹介している)。
  今回収集した資料では、机があり座って通訳できる場合と、立って通訳する場合を区別している例があった。座って通訳する場合A4かB5サイズの下からめくれる形のレポート用紙を(塚本、大谷、水野)、縦半分に折って縦長に使う(コングレ・インスティテュート通訳基礎科、『通訳事典'98』)、立って通訳する場合は「手に持ちやすい15×10pのもの、ハンディなメモ帳でミシン目の入っているもの」(塚本)、「手のひらに収まる小さなメモ帳」(大谷)を使うことを勧めている。筆者自身は、座って訳す場合も立って訳す場合も主に前述の速記用パッドを使っているが、別にこれでなくては困ると言うことはなく、普通のノートやレポート用紙でももちろんかまわない。最近の業務でためしにB5版レポート用紙を紙面を左右に分けて縦長に使ってみたが、特に問題はなかった。しかし、会議資料や電子辞書、水の入ったグラスなどが置いてある机で広げるには、やや大きくてじゃまな感じもあり、A4ではさらに大きすぎるのではないかと思う。また、立って通訳をする場合、小さすぎるメモ帳は一枚に記録できる情報量が少ない。また、速記用ノートは立ってメモする時には固い表紙が下敷き代わりになって書きやすいのと、紙面が小さすぎないので、見やすい大きさの字が書ける。
 筆記用具に関しては「黒と赤の2色ボールペン(シャープペンシルは芯が折れやすいので避ける)」(塚本)と言う意見がある一方で「鉛筆やシャープペンシルは2、3本用意し手に持っていること。ボールペンは中身がなくなることがあるのでなるべく避ける」(馬越)という意見がある。報告者はこれまで速記用ボールペン(黒・太字)を使っていたが、これも最近の通訳業務で上記の方法を実際に試してみた。いずれにせよ中身がなくなったり芯が折れたりはしなかったが、これまで太字のペンを使ってきたためか、0.5oHBのシャープペンシルでは色が薄くて頼りない感じがしたし、一本の芯を使い切る時間が割合に短いように思う。また、鉛筆はすぐに芯が減ってしまう。二色ボールペンを使って「黒で記録し、再生の時は赤で要点を押さえながら訳し、訳し終わったら赤で消す」方法はペンをノックして色を変える作業が煩わしかった。また、数日間にわたって大量にノートを取ると固いタッチのボールペンは手が疲れた。そこで新たに採用してみたのが、0.9oのシャープペンシルに2Bの芯の組み合わせである。0.9oの「超ロング芯」は折れずに長持ちして、紙へのあたりも柔らかく、筆者愛用の道具になった。 だが要するに、適度な大きさのある紙と、書きやすい筆記具であれば、自分の気に入ったものを探して使うのが一番よい。こうした小道具も気分良く仕事をするための重要な要素となるのである。

3.ノートテイキングの実際  

 前述したノートの構造明示の工夫(縦方向配置、行頭の字下げ、箇条書き、区切り線)と省力化の工夫を行ったノートが実際にはどのようなものであるか、実例をあげて検討してみたい。以下に示すノートは、実際のものは当然のことながら手書きなのだが、ここでは実物の配置と内容にしたがって活字で示した。

3.1 構造明示性のあるノート

理解を促進するために談話の構造をわかりやすく示したノートはどのようなものになるのだろうか。以下に図式で説明していこう。それぞれ実際のノートから例をとる。以下は実際のノートと、それをもとに話の内容を再現したものだ(実際には質問は中国語、回答が日本語)。以下にこのノートについて若干の解説を加える。


Q:
クローン/技
   ↑
   公<) OK?

A: 人×
    動○

ex. ハーバードマウス
      ↓
     DNA/ガン
      ↓
      US

      JP  OK

チャクラバティ判決

    自然/創造
        ↓
       発明?
−−−−−−−
 JP

    猪

      短腸

           OK

−−−−−−−−

Q:生物−発

    US 多?

クローン技術について質問が
あります。公序良俗維持の見
地から言うと認められますか?
人間は駄目だが動物ならよい
でしょう。

この例として有名なのがハーバードマウスです。これは特に癌にかかりやすい遺伝子を持ったマウスでこの発明はアメリカと日本では認められました。

しかし、チャクラバティ判決と呼ばれる判例では、自然物の創造が、発明としてとらえられるかどうかが問題になったのです。

さて、日本では、以前、腸の短いブタが発明されたことがありましたが、これは特許になりました。

生物発明は、アメリカでは多く見られるのでしょうか。

○縦方向配置

 このノートは、B5の用紙を縦に三分割して縦方向へ情報を配置し、縦方向の矢印で係り受けや順接の関係を示している。

○行頭の字下げ

 左端には情報全体を包括する語(発言の意図、リンク符号)が置かれそれに含まれる内容は字下げをして右寄りに置かれる。
 縦方向配置と字下げによって、全体的な情報の流れは左上から右下へ向かって配置されることになる。

○区切り線

 質問と回答の間および回答で例示が出る前の部分に区切り線が引かれて語気の転換を示している。

○箇条書き

 並列関係にある「人と動物」、「アメリカと日本」はそれぞれ縦に並列して箇条書きとなっている。

 記号、略語も多用しているが、これに関しては次ページで解説する。

 

3.2 省力化の工夫

 「書くことに熱中していると聞くことがおろそかになり頭が真っ白になってしまう」と学生がよく言うように、情報を漏らさずにノートすることと発言をしっかり聞くことは最も頭を悩ませる矛盾である。この矛盾を解決するために用いられるのが、

○ 記号や略語の活用によって省力的なノートを取る

ことである。では実例を見てみよう。

<ノートの実例>      <内容の再現>         <記号、略語の分析>


ex.農
   EU
    ×米
   大米−類

  但 :東方
      米!
 → EU
    ×水田
    ↓
     農・技×

 <)蛋白質
   西  ・乳
      ・動
   日  魚・貝
        or 虫?

<)OA用品 ?
     copy
     fax
     pc

  細分   分:難

         限
   TW
   JP
   US  技−正
   TH    細
   ML


  100国×

 たとえば農業を例に取りますとヨーロッパ各国にとっては、米は別に重要な品目ではありませんから、「米」という品目分類も必要ないでしょう。

しかし、我々東洋人にとって、米は重要な品目なんですね。また、ヨーロッパには、水田もないわけですから、当然ながら、水田に関連する農業技術も分類の項目に上がらないわけです。 蛋白質に関して見てみると、欧米では乳製品や動物性食品、日本では魚や貝が主要な蛋白源で、場合によっては昆虫、というようなこともあるでしょう

では、OA用品などに相違はあるのでしょうか。Copy機、FAX、パソコンなどですが、こういった品目で細分化した分類が必要となる国は世界の中でも限られているのです。台湾、日本、アメリカ、タイ、マレーシアなどはこれらの技術において正確で細かい分類を必要としていますが、しかしこのような技術的分類が必要な国は世界中で百カ国もありません。

ex.:「たとえば」、「例示」

農:農業

EU:欧州連合、ヨーロッパ(各国)

×:〜ではない、否定

類:分類

但:しかし、ただし、

!:重要である

→:そこで、というわけで

  :下線は次の情報の主部にな

  ることを示す

農・技:農業技術

<):〜から見ると、

   〜について観察すると

西:西欧、日:日本

乳:乳製品

動:動物(性食品)

?:疑問、問題提示

TW、JP、US、TH、ML:台湾、日本、アメリカ、タイ、マレーシア

4.ノートテイキングの指導

4.1 通訳養成校の授業

 通訳学校では逐次通訳のノートを系統だって教えているだろうか。自分自身の経験から言えば、あまり詳しく教わったことはなく、「個人差が大きいので、人の真似をしても無駄。自分自身で工夫するように」というのがどの講師にも共通する意見であった。また、ノートにこだわるよりも聞いて理解することを強調することのほうが多く、次のような意見が典型的な講師の言い方である。

  「理想的なメモのとり方などありません。メモとりは、あくまでわかったことを忘れないためにメモするもの。基本はまずよく聞くこと。聞いて分からないところはメモは取れない。聞こえてきたものをめったやたらに書いておき、あとでそれをつなぎ合わせようと思っても、そんなメモは何にもならない。聞いた瞬間にわからないことはほぼアウト」(篠田・新崎『英語は女を変える』1992)

 これまでのノート指導の方法は、テープを流しながら学生や講師がホワイトボードにノートを取り、訳出した時点でノートの問題点を指摘したり、「通訳者が使う記号の例」を配布されたりということだった。要するにきちんと訳せればノートはどのようなものでも構わないわけで、それが横にただズラズラと書き連ねた乱雑なノートでも、結果としてよく訳せていればよいという感じがあった。
  基本になる通訳教本がないことと、通訳学校で講師を担当している通訳者が勉強してきた過程でノートについて正式に教わった経験がほとんどないために、ノートで何を教えるのかが講師にもはっきりしない。そこで、それぞれの考え方により異なった教示がなされがちである。ノートを取る量は「できるかぎり少なく」「あまり書きすぎず」と言っている講師がいる一方で、「上手な通訳者ほどたくさんメモを取る」という意見がある。また、記号、略語、図式化をノートの絶対条件であるように強調する講師がいるかと思えば、記号は無理に使うなと言う講師もいる。現状の通訳訓練で「いつ、何を、どのように」教えるかというメソッドが確立していないことがノートの指導にも現れている。そして、ノートの練習は結局のところ「いつもの逐次通訳の練習」になることが多かった。

 だが、『通訳事典'98』の通訳学校授業体験ルポから、実際の授業風景を覗いてみると、最近の授業では、次のような指導が行われているようだ

  ○ 講師自身のメモを見せて解説する。
  ○ 基本的なノートの形式を紹介する。
  ○ 記号や略語の活用方法を指導する。
  ○ テープを流してノートを取らせる。
  ○ ノートに基づいて逐次通訳を行う。
  ○ 訳出に基づきノートの問題を指摘。

 逐次通訳訓練でこのようなノート指導が行われているようになったことは大きな進歩であると思われる。

4.2 ケーススタディ−・ノートテイキングの授業

4.2.1 これまでの指導状況

実を言えば、筆者は通訳学校の講師になってからも、しばらくの間は、ノートは(自分がそう言われてきたように、そして自分自身のノートは参考書を見ながら試行錯誤で作り出してきたものであったために)、「教えられないもの」「自分で開発するもの」という考えに支配されていた。受講生からノートはどう取るのかという質問があっても、「聞いて理解する事のほうが大切」「他人のノート方法が自分に適しているとは限らない」ことを理由に、特別に時間を割いて指導することはなかった。たまに自分のノートの方式を紹介することがあっても、最終的には「それぞれ自分にあった方法を自分で作ってほしい」という結論になった。
 以前はそれで済んでいた、とも言える。というのは、いまの受講生と数年前の受講生では全体的に変化していて、現在の受講生は「通訳技術」の指導をより強く希望しているように感じられるのである。言ってみれば、昔は通訳学習というものが一種の「修行」だったのに対し、今は「職業訓練」として考えられるようになった。これはある面で全く正当なことであり、講師も「レッスンプロ」になる必要があると思う。
 そこで、この二〜三年間は通訳技術の訓練指導を体系化すべく、試行錯誤を重ねている訳であるが、ここではその実験場となっているISS通訳研修センターの例をあげてノートの指導方法を考えてみたい。

4.2.2 ケーススタディ「ノートテイキングを学ぶ」

 下記の要領でノートテイキングの授業を実施した。

 実施クラス:ISS通訳研修センター東京校 日中通訳コース本科

 実施年月日:1998年11月29日 9:30〜12:30(前半85分、10分休憩、後半85分)

 前半の授業:1.「良いノート」とは−『逐歩口譯與筆記』第四章の発表

         2.ノートの実例紹介と談話の再現

 後半の授業:3.ノートテイキング練習(ビデオ教材使用)

         4.訳出とノートの反省

 まず、望ましいノートの全体像をつかませるために劉敏華『逐歩口譯與筆記』第四章を使用した。この文献では、逐次通訳のノートの特徴、量、用いる言語、紙面空間の有効活用とその効果、記号と略語の用法、接続詞の重要性、数字の処理方法など、およそ考え得るノートの要素が全て網羅され、具体例とともに示されている。これをコピーして事前に配布し、六名で分担してレジュメにまとめて発表させた。これによって、ノートの持つ役割、方法、根拠が明らかになった。次に講師自身が実際に逐次通訳で取ったノートを見せて話の内容を再現した。これによって文献で学んだノートの方式が実際に有効であることが実証された(「こうすればうまくいく」というモデルを示すことが、能訓練では非常に重要だ。たとえ実際には大量の練習によって初めて実践されうる方法であったとしても)。
 さて、逆に受講生に見られる「悪いノート」と、なぜ良くないのかを考えてみよう。

  ・横書きの細かい文字で聞こえた順番にとにかくズラズラと沢山書きまくる。
    →聞いていないから話し手の言いたいことがわからなくなる。
    →書き取りが間に合わなくなり、訳し漏れが増える。
    →断片をつなぎ合わせた、論理展開が混乱した訳出になる。
    →慌てて書いた崩し字が自分で読めなくなる。

  ・絵・記号・略語を無理に使おうとする。
    →どんな記号にしようか考えてしまい、却って速度が鈍る。
    →いざ訳そうとすると記号の意味が自分でもわからなくなる。

 ノートを取り始めた最初の頃は必ずこういった状況に陥る。受講生自身もこれらの問題を認識しているから「ノートの取り方の技術」を学びたいのである。したがって、こういうノートは駄目だと指摘しても、あまり役に立たない。駄目なのは彼らも充分わかっているのだ。技能を身につけるには、「指摘される」という受動的な行為より、「自覚する」という能動的な行為がより有効だ。その意味から、「良いノート」の条件を自分の言葉でまとめ、しかもそれをクラスメートの前で筆者本人になりかわって発表するという能動的な作戦を採った。これによって、文献に紹介された「良いノート」と、自分のこれまでの「悪いノート」を比較することで、講師からただ単に「駄目だ」と言われるよりもさらに強く駄目さ加減を自覚することにもなった。

4.4.3 ノートの練習

 内容が比較的簡単で、速度が遅めのビデオ教材を用意してノートを取らせた。前述したように、ノートは完全な理解があって成立するという前提があるので、あまり難しい教材を選んでしまうと、せっかく学んだ「良いノート」が取れなくなる恐れがあるからだ。
 今回選んだ教材は二種類である。ひとつは、在日の中国人画家へのインタビュー番組で、個人の経験に属するとはいえ、きわめて一般的な内容で、速度は一般的な話し言葉の速度、リダンダンシーが多く、難しい語彙もない。もうひとつは最近の香港事情をテレビコラム的に語っている短い番組で、内容は既によく知られている鶏肉から広がったインフルエンザについてで難解な部分はない。また、話の速度はインタビューよりもさらに遅く、ノートを取る余裕が充分にあるものを選んだ。訛っていたり、内容が難しかったり、早口であったりすると、理解のために振り向ける注意力の割合が増大するので、最初の段階でのノート練習には適さないであろう。速度の遅い手話ニュースを最初の練習材料に使っている講師もいる。だが、易しい教材でなくても、慌てずにノートを取れるような条件を作ることもできる。たとえば、一度何も書かずに通して聞かせ、意味を確認したところで、再度同じテープを使って書かせることで起点言語理解に振り向ける注意力を軽減することが可能になったり、場合によっては先にテープを配布して自宅で予習をさせておくことも可能だろう。
 いずれにせよ、ノートを取る必要のある、原稿なしの逐次通訳というのは、あくまでも自然な話し言葉を対象とすべきものなので、ノートを取る練習に用いるのに、速度の速いニュース放送や原稿を読んでいるスピーチなどの情報が過密な教材を使うのはフェアではないだろう。

4.4.4 訳出とノートの反省

 ビデオ教材を約二〜三分間で区切りながらノートを取らせ、逐次通訳を行った。訳出のあとに再度同じ部分の音声を聞かせて、ノートと対比して自分でチェックを行う。訳し漏れ、意味の取り違えなどで、ノートに起因する部分があるかどうか考えさせる。このときに非常に良く訳せた受講生がいれば、そのノートを回覧することもできる。また、講師もホワイトボードに自分のノートを書いて訳出してみせても良いだろう。

4.4.5 ノート指導の導入について

 受講生は一般的に、理解力や分析力がないのではなく、記憶力が強くないと思いこんでいるため、「忘れないために」テープやビデオのSL音声が聞こえてきたとたんにノートを書きたくて仕方がないものである。しかし最初は聞くことに集中させ、ノートは書かせないほうがよいようだ。受講生の言語能力に応じて、最初のうちは話の展開が比較的はっきりしていて、話の速度が遅く、一般的な話題の、数字の出てこない、易しい語彙の、理解しやすい教材を使う。二分間ほど聞かせて訳させてみると、ノートを取らなくても、要点を再現できることが自覚される。ただ、このときには細かい情報が漏れることが多いので、それを拾い上げるために、二回目に区切って聞かせ、聞いた後でノートを取る時間を与える(テープを一時停止する)。つまり聞きながら書くのではなく、聞いてから書くことで、話の筋道を分析して図式化することができる。こうして、慌ててめちゃくちゃなノートを取る習慣をなくしていくことから、ノート指導が開始されると考える。最初はインタビュー番組のビデオなどを使い、一般的な話題で速度も速くない、適度に冗語や重複のあるものを選ぶ。徐々に抽象的な内容、数字の多い報告などに移行する。ノート指導の時期があまり遅すぎると、「悪いノート」の癖が固定化して、いつまでたっても短文逐次通訳しかできず、数秒から十数秒程度で話し手に「短く切る」ことを要求するような通訳者になってしまう恐れがある。話を短く切られるのが好きではない話し手も少なくないし、目標言語の品質から言っても、ある程度のまとまりのある情報を伝達したほうが聞き手にとって理解しやすい通訳になる。したがって、ノート指導は割合に早い時期から布石を打っておくほうが望ましい。つまり、「最初は書かせない」ことも逆の面から見たノート指導になりうる。

4.4.6 ノート指導の結果

 受講生のノートは指導前と指導後では、どのような変化があっただろうか。付録資料Bの(4)に実例をあげているので参照していただきたい。1にあげたのがノート指導はおろか通訳訓練も全く未経験の人が取ったノートである。左側のノートによる訳出はかなり非論理的で完成度の低いものであったが、右側のノートでは既に多くの改善点が見られる。ノートは教えなくても慣れによって自然に習得されるという一面を実証しているようにも見える。2が受講生のノートである。@からCまで典型的な四人の例をあげた。@とAは、いずれも外部での通訳経験はないか、あるいは非常に少なく、ノートの指導を受けるのも今回が初めてである。学んだ内容を忠実に実践しようという姿勢がうかがえる。一方、BとCはすでに通訳業務についていることもあり、自分の方法がかなり身に付いてしまっている。とはいえ、やはり右側のノートでは若干の変化が見られ、構造明示性が向上し記号や略語の利用もわずかではあるが増えている。

(実際のノート例はインターネット版では割愛しました)。

5.結論

逐次通訳のノートテイキングは通訳技術の中でも特に重要なスキルの一つである。指導に際しては比較的早期に開始し、原則と方法を教える必要がある。良いノートは談話を無理なく理解するための自然な思考の形式を反映したものである。     以 上 

 

参考文献(著者名五十音順)

 

アルク「通訳学校授業体験ルポ」−『通訳事典'98』所収

大谷立美「誌上体験 通訳者養成初級講座」−『通訳事典'92』所収

篠田顕子、新崎隆子『英語は女を変える』 1992年 

染谷泰正「通訳者養成特別プログラム」1994年−『通訳事典'94』所収

塚本慶一『中国語通訳』1987年

鄭仰平「連続傳譯筆記」−芸術家的工具 1989年−『翻訳新論集』所収

西山千『英語の通訳』1988年

馬越恵美子「通訳技術を取得するための学習プラン」1995年−『通訳の仕事』所収

水野的「通訳者養成特別プログラム」1995年−『通訳事典'95』所収

三宅なほみ・野田耕平「読みのプロセスを『見る』」1998年−月刊「言語」2月号

劉敏華『逐歩口譯與筆記』1993年 

 

付録:文献資料

 出版時期の早いものから順に並べた。ノートテイキングは、「メモ取り」と表現されている場合が多い。【 】内は報告者による注記、下線は筆者、また、紙幅の関係から文章表現に若干の変更を加えた。

一行目には、書名、著者、ページ。【見出し】は文中の項目小見出しを掲げた。

(1) 『中国語通訳』(塚本1987) P42-45 
 【見出し】通訳術の基本
 【定義】通訳技術の一つ。自分自身の記憶力の助けになる範囲で必要な概念を記す。  
 【方法】発言の意図を把握し、要所を押さえ、ニュアンスをつかんで数字、固有名詞、専門用語
     しっかりとらえ、様々な略号、記号で構文をまとめる。視覚効果を高めるために、語の他
     に略号・記号構文の流れを矢印であらわし、図式のような広がりをもった表示法。
【用具】レポート用紙、手に持ちやすい15×10pのもの、ハンディなメモ帳でミシン目の入って
     いるものを使う。黒と赤の2色ボールペン(シャープペンシルは芯が折れやすいので避ける)
     を使い、黒で左上から右下へ大きく見やすく書く。再生の時は赤で要点を押さえながら訳し、
     訳し終わったら赤で消していく。

(2)『英語の通訳』(西山1988)P72-79
 【見出し】通訳用メモ・情報を代表する図面・逐次通訳とメモ
 【定義】通訳者の記憶を助けるメモ。見た瞬間に意味が全部わかる自分独自のもので他人には読
     めない。発言者が話した内容を注意深く追随している。
【方法】ごく簡単な図式的なもので十分。通訳のメモは絵の原理を利用している。記号や略語は、
     一列に並べて書くのではなく、斜めに書いたり、上下左右に書いて、その位置関係にも意味
     を持たせる。
【訓練】十分練習する必要がある。発言が録音されたテープを再生しながらメモを取り、それから
     そのメモを見ながら通訳するか、あるいはテープにふきこまれたのと同じ言語で話して、
     それを録音し、自分の録音したものと、発言のテープとを比較してみる。記号の意味を十分
     良く知るようになるまで繰り返し練習する必要がある。また自分で自分の記号を発明すれば
     それだけ記憶しやすいのである。
【注意】早く書こうとして乱筆になってはならない。発言を聞くために十分集中せず、メモを書く
     ほうに集中してはならない

(3) 「連続傳譯筆記」−芸術家的工具 (鄭1989)『翻訳新論集』所収 P284-292
(本文は中国語。日本語への翻訳は永田による。)
 【見出し】なぜ書くのか・どう書くのか・ノートから言葉へ・どう教えるか・教授法の発展
 【定義】発言を聞いてすぐに理解できるという前提条件のもとで有効に運用される逐次通訳の道具
 【目的】1)三分間以上の発言を再現するときは全てを記憶できないのでノートに頼る必要がある。
2)通訳者が発言者の意図を理解するための手助けとなる。なぜならノートを取る前に発言を
      分析理解するプロセスが必要だからである。ノートを取る過程で発言をさらに分析する
     ことになり、通訳者はより明確に発言の意図を理解する。
 【方法】発言者をよく観察して注意力を集中させる。内容を了解したところで、最も省力的な方法
     ノートを取る。一般的に上から下へ向かって書くほうが談話の構造をあらわしやすい。
     SLでもTLでも構わない。明瞭に書くことが重要で、いい加減に書いてはいけない。
 【訓練】ノートテイキングは教えられるかについては通訳界でも意見が分かれる。
     私の意見では、一般原則を教えることが可能である。実際にどう書くかは個人の練習と経験
     に依存する。初学者にはノートを取らせず、聞くことに専念させる。談話のロジックと主旨
     を把握する力ができてからノートの訓練を始める。最初は記号を使おうと焦ってはならない。
     授業では必ず理解の重要性を強調し、話の意図と筋道を明確につかむことを優先し、細かい
     脱落は、最初の段階では問題にしない。エラーがあれば、ノートのどこに問題があったかを
     考えさせる。学生に自分がノートを取っている様子を見学させる。何を書くかではなく、
     いつ書くか、どう書くかを観察させる。

(4) 『英語は女を変える』(篠田、新崎 1992)P.220-221
 【見出し】「メモ取りで聞くほうがおろそかになっては意味がない」
 【質問】「メモをとっていると、聞き取りの集中力が落ちるような気がします。それにいざ訳そうと
     思ってメモを見ても、何のことか分からないこともあります。メモの取り方はどうしたら
     いいのでしょう。」
【回答】理想的なメモのとり方などありません。メモとりは、あくまでわかったことを忘れないため
     にメモするもの。基本はまずよく聞くこと。聞いて分からないところはメモは取れない
     聞こえてきたものをめったやたらに書いておき、あとでそれをつなぎ合わせようと思っても、
     そんなメモは何にもならない。聞いた瞬間にわからないことはほぼアウト

(5)『通訳事典'92』「通訳者養成初級講座」(大谷1992)Lesson7 
 【見出し】メモ取り練習[Note−Taking]
 【定義】発言をしっかり記憶するための最も有効な手段。通訳術の真髄は逐次通訳にあり、それを
     支える唯一のものが、ノートテイキングであるといっても過言ではない。上手な通訳者ほど
     たくさんメモを取ると言われている。
 【原則】発言者のメッセージを理解し、それをメモする。あくまでも発言者の言葉にしっかりと耳を
     傾け、その人のメッセージを把握すること。
 【方法】メモしようとする言葉や文をできるだけ記号化、図式化、略語化すること。
     メモ用紙全体に大きく取るように心がける。メモの区切りに斜線、横線を引く。
     メモの終わりと通訳の終わりに大きく横線を引くことで発言者に対して「この部分の発言
     が終わりましたよ」という合図になる。センテンスごとのメモの区切りに斜線を引くことで、
     斜線ごとに一つの訳文をまとめるという自分自身に対する合図となる。
 【メモの言語】できるだけ目標言語で取るのが理想だが、これはなかなか難しいので、練習段階で
     はどちらでも構わない。
 【用具】机があり、座って通訳ができる場合はA4かB5サイズのメモ用紙で、下からページをめく
     る形のノート。立って通訳しなければならないときは、手のひらにはいるくらいの小さな
     メモ用のノートが便利。

(6) 『通訳事典'94』「通訳者養成特別プログラム」(染谷 1994)
 【見出し】ノートテイキング
 【演習の目的】話の全体の構成を的確につかみ、具体的な数字等の細部も素早くかつ正確にメモに
     残す。
【演習の方法】テープを聞きながらノートをとり、聞き終わったらノートをもとにできるだけ正確に
     再現する。実際の通訳と同じように聴衆に話しかけるような文体(和文)でまとめる。

(7) 『通訳事典'95』「通訳者養成特別プログラム」(水野 1995)
 【見出し】 ノートテイキングの方法と練習
 【定義】通訳者の記憶を補助する役目を果たすもの。
【方法】スピーチの一部だけを選択して書き留める。通訳者によってそれぞれ独自のやり方があり、
     決まった方法はない。しかし長年の実践の中から生まれた定石のようなものはある。
  用紙はB5かA4サイズ、縦長に使い、左上から右下に、文法上の要素が斜めに置かれる
     うに書く。文の終わり、あるいは短いパラグラフの終わりで横に線を引く
     英→日通訳では動詞句の部分を右端の方に書いておいてもよい(日→英なら左端に)。
【言語】SLで取るかTLで取るか。TLで取ると訳出の時には楽でも聴取段階での作業がひとつ
     増えるし、後続情報が見えない段階で不適切な訳語を選ぶ危険性がある。英語で取ると外国
     語である英語の分析の比重を大きくすることになり、母語訳出との間によりよいバランスが
     生まれるという考え方もある。入門段階ではSLでノートを取った方がよい。実際のプロ通
     訳者はSLとTLが混在。
 【記号など】決まった方式はないが、比較的よく使われる記号はある。絵やイメージが生じるような
     文は一部にしかすぎない。イメージはコトバに随伴して偶発的に生じるので、イメージが生
     まれてそれが訳出に役立つと思えば、それを使えばよい。

(8) 『通訳の仕事』(馬越 1995)「通訳技術を習得するための学習プラン」
 【見出し】学習のポイント−そのB 逐次通訳をする
 【方法】メモはキーワードのみにとどめ、むしろ理解と記憶に全力をかたむける。このメモも一瞬の
     うちに意味不明になり、後で見ると自分でも何を書いたのかわからないことが多い。
【用具】細かいことを言えば、鉛筆やシャープペンシルは2、3本用意し手に持っていること。
     ボールペンは中身がなくなることがあるのでなるべく避ける。

以下は『通訳事典'98』通訳学校授業体験ルポ

(9)アイエスエス通訳研修センター 英語通訳コース/通訳科T授業体験ルポ
 テープを流しながら、黒板にメモのとり方のいい例と悪い例を実際に書いて見せ、解説していく。「全部を書こうとすると内容の理解がおろそかになります。メモはできるかぎり少ないほうがいい。それから、素早く視線を動かせるように縦方向に書くことが原則ですね。たとえば、私はアメリカを☆にしたり、制度をSysと書いたりします。いろいろな矢印も使っています。速く書けて自分がわかればいいんです。ただし、記号の表を作って暗記するなんてことはくれぐれもしないように」(笑)
 今度は各自がメモをとりながら、テープに集中する。

(10)NHK情報ネットワーク国際研修室 放送通訳養成コース/TB 授業体験ルポ
○ストラクチャーがわかるメモどり
「このテープはメモとりの練習には最適です。あまり書きすぎず、ストラクチャーがわかるようにメモをとりましょう。しっかり聞いて情報を取捨選択してメモしてください」
  授業では、先週からメモとりに力を入れているという。メモを取らずに聞くと通訳できても、メモをとったとたんに崩れてしまう傾向があるからだ。数字や固有名詞がたくさん出てくる通訳の現場では、メモとりは通訳の質を左右する大切なものである。受講生のひとりが指名され、先生の横でメモの取り方をチェックされる。テープが流れる間みんな思い思いのメモをとりながら、集中する。−−中略−−ただ、先生の横に座らされた受講生のメモについて、先生の厳しい指摘とアドバイスが差し挟まれる。
「このメモの中でいちばん意味のある個所はどこですか? このへんはどういう意味?」
「よくわからなかったんです」
「わからないと思ったらメモをとるのはやめましょう。そこの情報は抜けますけど、次の部分をしっかり聞いて骨子だけは通訳するように心がけるのです。それが原則です」
 確かにメモを取るタイミングは難しい。書くことに熱中していると聞くことがおろそかになり、頭が真っ白になってしまうことはよくある。キーワードや文脈を記号や略語で手早く書く技術が、正確に通訳するポイントになるようだ。

(11)コングレ・インスティテュート 通訳基礎科T/集中クラス 授業体験ルポ
○通訳のメモどりのポイントとは?
「さて、メモどりをやります。メモ用紙を半分に折って。メモはバーティカルにとって、大事な情報は漏らさない。特に人の名前、数字はちゃんととってください。並行して羅列しているところは箇条書きにしてください」−−中略−
 このクラスは、教材テープを前もって予習することができ、言語変換する前段階の話の内容を正確に理解する事に重点が置かれている。通訳をする上で大事な要素であるメモどりを習得し、そのメモを解読することで日本語を要約する練習だ。−−中略−−「ちょっとメモを見せてください。見てほしくない人はパスしてください」
「パス」(笑)
ふたりのメモを黒板に写し、書いた本人が黒板のメモを見ながらパフォーマンス。
−−中略−−
「そうですね。納得しながらメモをとれば残ります。話題が変わったら横線を引いてくださいね。後でメモが解読できなくなりますよ。もう一度流します。日本語で内容を把握すること、そしてその要約を口に出すことを徹底的に仕込まれる。

 

                                    以 上