吉岡心平のマーク

タム2300形2304

私有貨車


 今月は、揺籃期の液化塩素専用車を紹介しよう。わが国初の液化塩素専用車であるタム2300形は昭和25年から39年にかけて268両が製作された。メーカー別の製作両数は、三菱220(改造3を含む)、日立22、汽車20、川崎4、日車2で、三菱製が圧倒的に多い。同社三原工場の社史には創業期の経営安定に、本形式を初めとする私有タンク車の製作が大変役に立ったと記されている。

 タム2304は、昭和26年12月三菱で製作された第3ロット(2303〜05)の一員で、外観・構造は圧倒的多数を占めた三菱製の原型と言って良いだろう。タンク体はボイラー鋼板製で、周囲には保冷用の断熱材と薄鋼板製のキセがある。液入弁・液出弁・安全弁をタンク中央のマンホール蓋

上にまとめ、円筒形のプロテクタで保護した「マンホール弁方式」は、いまや高圧ガスタンク車のシンボルとなっているが、これをわが国で初めて採用したのは本形式だ。台枠上にある「石灰箱」には、中和剤である消石灰とチオ硫酸ソーダが搭載されている。

 落成時の所有者は本州製紙KK・常備駅は渋川であった。昭和35年8月、渋川駅常備のまま関東電化工業KK所有、更に昭和39年8月には北海道曹達KK所有・幌別駅常備と変わった。航送用ではなかったため、北海道内への紙・パルプ工場への塩素輸送に使用されていたようだ。昭和49年1月に廃車となった。なお同一ロットであったタム2303、05は一転して旭化成の所有となり、九州でその一生を終えている。


液化塩素専用車のガイド


【第76週】020210作成、020914リンク変更、040421R4、050221R4A、070802R4A2。

タム2300形2304の写真

【写真76】 タム2300形2304 昭和49年7月26日 幌別駅にて P:吉岡心平