吉岡心平のマーク

タム2100形2102

私有貨車


 希硝酸タンク車の歴史は、昭和13年のタム5500形から始まるが、新製車はここに取り上げたタム2100形15トン車が初めてである。

 タム2102は2103と共に、昭和26年10月に日立で製作された。一年前に製作されたタム2100,01に酷似し、設計比重は1.38と本形式の中では比較的高濃度だった。
 タンク体はステンレス鋼製(当時の規格ではSEC4で、現在のSUS304相当品と思われる)で、板厚は胴板10mm・鏡板13mmと、後のロットより厚い。寸法は直径1706mm・長さ5100mmとずんぐりしていた。

 台枠は通常の平形だが、寸法はタンク体に合わせて短く、全長6,000mm・軸距3,500mmと、ほぼワ12000形並である。走り装置は落成時の1段リンク式から、ヨンサントウで2段リンク式に改造された。

 落成時の所有者は新日本窒素肥料・常備駅は水俣であった。会社名は昭和40年1月にチッソKKに変わった。その後、タム2103や2109と一緒に昭和50年3月に旭化成工業KKに移籍し、南延岡駅常備となった。昭和52年5月、常備駅は富士駅に変わり、写真のように越中島にも頻繁に姿を見せていたが、昭和62年7月に廃車となった。


タム2100形の形式解説

硝酸タンク車のガイド


【第150週】030713作成、040122リンク追加+R4、041226R4A、071017リンク変更+R4A2。

タム2100形2102の写真

【写真150】 タム2100形2102 昭和52年1月1日 越中島駅にて P:吉岡心平

この写真は吉岡写真CD−ROM第27巻に「P01577」として収録されています。