吉岡心平のマーク

シム1形103

私有貨車


 シム1形と言えば日本車両のものが有名だが、関東のファンにはいまいち馴染みが薄い。そこで今回は、川崎貨物のヌシ的存在であった東急車両のシムを紹介する。

 シム103は104と一緒に昭和42年8月に東急東京で製作された。昭和39年9月に製作されたシム101,102と同形で、これの増備車と言える。なおシム1形の番号体系は、シム20形が存在したため、19の次は100番台に飛んだが、何故か100は使用せず101から付番されている。

 その用途だが、製造時期から推定するに最初から新幹線輸送時の控車だったようだ。メーカーで完成した新幹線車体をユーザーへ鉄道輸送する際には、車両限界、特にホームとの関係から車体を嵩上げして輸送する。このため新幹線側の連結器位置は高くなり、機関車とは直接連結出来ない。そこで新幹線車体と機関車の間にマッチワゴンとしてシムを介在させることになった。ところが「控車」は非営業車のため、私有貨車とする訳に

いかず、便宜上大物車としたようである。
 外観・構造は日車のシムに良く似ており、車体長さは15,500mm・BC間距離は12,200mm・低床部長さは5000mmで、床面高さはレール面上980mm・低床部高さは同じく780mmであった。台車は通常のTR41Cである。

 車体細部は時期により異なっていた。写真1は昭和47年頃の撮影で、0系を輸送中の姿である。車体片妻にはドローバーを締結する連結装置があり、車体前後にある高床部には死重が積載されていた。一方写真2は昭和62年のスナップで、低床部には箱型の詰所が設置され、車体全周には手摺が張り巡らされている。写真で判るように0系と100系ではドローバー高さが異なったようで、車体前後で使い分けるようになっていた。

 所有者は東急車両製造KK・常備駅は逗子であった。写真は100系の先頭車を輸送中の姿で、JR化に伴う製造シェアの変化により余剰化し、平成6年3月にシム104と共に廃車となった。


●同一形式 シム1形14(特別編420) 昭和24年新潟製。

        シム1形15(特別編512) 昭和24年日立製、ヨンサントウ後はシム200形215となった。

大物車のガイド


【特別編267】020909作成、031208リンク変更、031219リンク追加、040730リンク追加、040910R4、
050411R4A。

シム1形103の写真

【写真1267の1】 シム1形103 昭和47年 新鶴見操車場にて P:吉岡心平

シム1形103の写真

【写真1267の2】 シム1形103 昭和62年3月1日 川崎貨物駅にて P:吉岡心平