緑園の丘 2003年冬号 vol.48
緑園の丘 2003年冬号 vol.48

 緑園の丘からメリー・クリスマス! 幼い頃、お母さんが読んでくれた絵本の世界、家には煙突がないけどサンタさんわかるかなあって心配した夜のこと、 家族みんなでレストランへ行ってごちそうをいただいた日のこと、そして、教会ではじめて歌った讃美歌....降誕劇....  “メリー・クリスマス”って、救い主イエス・キリストの誕生の喜びをお祝いする言葉なんですね。キリスト教の初期の頃に12月25日を祝日として以 来、クリスマスは世界中でお祝いされています。このうれしい日、みなさまの上に神さまの恵みが豊かにありますように!

 横浜緑園キリスト教会牧師 原田憲夫


クリスマスの贈り物

 クリスマスには、「贈り物」がつきものです。幼い頃、クリスマスは何か特に良い事をしたわけでもないのにプレゼントがもらえた不思議な日でした。思春 期の頃、部活のクリスマス会といえば、プレゼント交換が定番でした。なぜそうするのか考えたことはありませんでしたが。大人(親)になって子供たちや知 人にプレゼントを贈る喜びを知りました。クリスマス、それは格別に嬉しい心のアルバムです。

 ところで、みなさまは輝く星が東方の博士たちをはるかの国ベツレヘムの幼子のもとへと案内したという聖書のクリスマス物語をご存じでしょうか。それこ そ贈り物にまつわるお話です。
 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。....そし てその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。」(マ タイの福音書2章2節,11節)  博士たちは、東方の国から持参した黄金、乳香、没薬という宝物を幼子に贈りました。  古からの教会の伝統では、「黄金」は「キリストの王権」を象徴し、「乳香」は「キリストの神性」を象徴し、「没薬」は「キリストの受難・十字架」を象 徴するとされています。 東方の博士たちは、星に導かれて、新しい世界の王の誕生を祝うためにはるばるエルサレム・ベツレヘムへと長旅をして、当時の最も価値ある宝物を幼子(イ エス・キリスト)に贈ったのです。いやそれ以上に、「ひれ伏して拝んだ」とあるように、博士たちは一番の宝物とともに自分自身を贈り物としたのです。

 しかし、ほんとうの贈り物は、幼子にひれ伏した博士たち自身が受け取りました。というのは、このベツレヘムの幼子こそ神さまから博士たちや私たちへの いちばん大事な愛の贈り物だったからです。  私たち人間は自己中心で、始終他人と争い、親兄弟と憎み合い、それどころか神さまにも反抗し、日々不安定な状態にあります。それは絶望的で破滅的な状 態です。しかし、そんな惨めな私たちを救うために神さまは幼子を贈ってくださいました。そして、この幼子の命と引き換えに(十字架の死によって)、私た ちに希望と平和をもたらしてくださったのです。この幼子こそ私たちの救い主です。
 クリスマスは、<神さまの大きな愛が私たちに届けられた日>です。あなたも手を伸ばしてそのすばらしい希望と平和をもたらす贈り物を受け取ってくださ い。  神さまの祝福があなたとご家族の上に豊かにありますように! Ω


ある年のクリスマスの思い出

 私は牧師家庭の4人きょうだいの次女として生まれ育ちました。まだ私が小学校に上がる前のことです。 その年も教会では連日クリスマス行事が続いていました。しかし、25日は家庭でクリスマスを祝う日となっていました。  我が家では子どもたちが親からプレゼントをもらえるのは一年に二回(誕生日とクリスマス)だけということもあり、その日は最高に楽しみな日でした。

当時6歳の私は「フランダースの犬」の本を、8歳の姉は「若草物語」の本を、3歳の弟はロボットのおもちゃをリクエストしていました。 (9ヶ月の妹については残念ながら覚えていません。)弟の物は見つかったのですが、私と姉が希望する本はなかなか見つからず、 前日まで多忙だった父は、次の日が日曜日であるにも関わらず、原付で市内の書店を子ども達のために一軒一軒見つかるまで一日中探し回ってくれました。 隣の市でやっと見つかり、父の帰宅を待ってささやかな家族のクリスマス会が始まりました。 子どもたちの大好物のミートローフをメインとした母の手作りの夕食を楽しんでいるとき、玄関のブザーが鳴りました。

思いがけない来客は、朴さんというハンセン氏病の男性でした。クリスマスに施設から外出許可をもらい、勇気を出して教会を訪ねたとのことでした。 両親は神様がクリスマスに送ってくださった特別なお客様として大歓迎しました。 子どもたちも突然のお客さんに大はしゃぎでした。 朴さんにとっても一つの鍋をつつく団欒が楽しかったようです。 なぜなら、それからわずか二日後に同じ施設のお友だちを連れてまた我が家に遊びに来てくれたのですから。 顔も手も多少私とは違っていましたが、幼い私にとって怖くも不思議でもありませんでした。ただ、クリスマスの大事な、そしてうれしいお客様でした。

それから毎年クリスマスになると、朴さんは大きな包みを必ず4つ抱えて我が家に来てくれるようになりました。  現在は71歳になった朴さんのところに、今度は、今年与えられた娘と家族三人でクリスマスに遊びに行きたいね、と主人と話しています。 何か、朴さんが大喜びしそうなプレゼントを持って…。                                    

(記:伊東 薫子)


世界のクリスマス〜グアテマラ〜

 通りかかった街の中心部のオベリスク広場に、きらびやかに点灯された巨大なクリスマス・ツリーを見かけると、 またクリスマスの季節がめぐってきたという季節感を覚えます。

この頃になると、道路脇にはたくさんの露天の店が並び、その中に、先住民の女たちによって売られている茅葺きの小さなミニチュアの家を見かけます。 これはクリスマスの時だけに見られ、御聖誕の場面の飾りに使われるのです。 教会はもちろんのこと、各家庭でも室内に思い思いのアイデアでクリスマスの飾り付けをします。 見ようによってはコレクションの展示です。これにはコンクールがあり、新聞に写真入りで紹介されます。 一度、その道では有名なお宅に見学にいったことがあります。家にはいった瞬間にその壮大さに絶句しました。 13畳ほどの部屋に、天井まで届くほどのベツレヘムの町並みが作られ、そこには馬小屋等もしつらえてありました。 夜には、星も輝き、三博士が訪れる情景等実に凝った作りでした。このセットを現地ではナシミエントnacimiento(御聖誕)と呼んでいます。 24日までは飼い葉桶の中は藁だけです。24日の夜に幼子イエスを置きます。2月4日まで飾ります。 というのは、2月5日にはイエスが初めて教会にいって洗礼を受けられたからだと聞きました。この日に全部を取り払います。 イブの日は、親族たちが親の家にプレゼントを持って集まり、一晩中食べたり飲んだりして楽しい夜を過ごします。 その夜は、身内だけで他人を招いたりすることはないそうです。

また、この季節に目につく特徴的な風物詩にカナスタcanastaがあります。 “やなぎかご”というような意味です。デパートやスーパーに行くと、思いおもいの品々の詰まった篭がショーウインドーから売り場にかけて並んでいます。 日本でいえばお歳暮でしょうね。それが大小さまざまな篭に飾り付けられているのが特徴です。    この頃には、道路のそこここに花火の露店商も並びます。イブの夜に、一斉に爆竹に点火してお祝いをするためです。

大晦日にも年が変わると一斉に爆竹がなり始めます。市内は轟音と白煙に覆われ、遠望はききません。これは中国から入ってきた習慣とも聞いています。   うって代わってクリスマス当日は、街はとても静かです。 街の教会、カナスタ、ナシミエント、花火など、今でも走馬灯の様に懐かしく思い起こされます。                 (記:緒方栄子)     


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