緑園の丘 2004年秋号 vol.52
緑園の丘 2004年秋号 vol.52

 みなさま、お変わりありませんか? 朝夕、めっきり涼しくなりました。この頃になると、緑園の丘ではいろんな音楽に出会います。夜明けには鳥たちが屋根の上でダンス音楽を、夕べには秋虫が 草むらで不思議な混声合唱を、また月夜には尾花や秋桜が風に揺られてすてきなセレナーデを奏でます。 きょうも緑園の丘にはさまざまな「顔」があります。

 横浜緑園キリスト教会主任牧師 原田憲夫


聖なる顔

 「神の顔」といえば、古今東西を問わず、牛とか獅子といった神の使いや神の化身を現すものが数多く描かれています。けれども、実はどうやっても描けな いのが「神の顔」ではないでしょうか。

聖なる顔
  私の好きなジョルジュ・ルオーという人は場末の娼婦とか、サーカスのピエロとか、ちょっと風変わりな人々をいくつも描いています。そのルオーは「キリ ストの顔」も描きました。私は絵のことはよくわかりませんが、そのピエロとキリストの顔がどこか似ているような気がします。じっと透かして見ていると、 やっぱりピエロの顔とキリストの顔が重なって見えるのです。不思議です。ルオーのキリストの顔は、それまでの多くの宗教画のような、力と栄光にあふれた 姿や、苦しみと絶望をあらわす顔ともちょっと違っているように思います。  ルオーには「聖なる顔」という題の絵があります(私が観たのはメトロポリタンM.でしたが)。「聖なる顔」というすごい題がついているので、いかにも 近づきがたい威厳に満ちた顔なのかと思うと、それが、目をぱっちりと大きくあけていて、私たちをしっかり見つめている、どこかなつかしい顔なのです。

神の顔を写すキリストの顔
 考えてみれば、キリストは神の救世主ですから、昔の宗教画に見られるような気品のある美しい顔立ちが似合うと思うのです。けれども、ルオーの描いた顔 は違っています。この夏に長崎五島で見た風変わりなバラモン凧(特徴として絵柄の中にクルスの形がある)にもどこか似ている気がします。  キリストは家畜小屋で生まれました。ローマ帝国による人口調査のため郷里に戻ってきた人々でごった返していた町には、両親が泊まる宿もなかったからで す。そしてキリストは私たちと同じ庶民(大工)の家庭で育ちました。さらに驚くことに、当時の社会では、いちばんやっかいものとして一線を画していた層 の人々の間や、孤独な人々の間に入ってよく一緒に話し、食事をしていたのです。  「イエスが家で食事の席に着いておられるとき、見よ、取税人や罪人が大ぜい来て、イエスやその弟子たちといっしょに食卓に着いていた。」(新約聖書マ タイの福音書9章10節)  それは高貴な人が従者を従えてひととき立ち寄ったというのとは違います。キリストは汗と涙の日々を過ごす私たち人間の間に住んだのです。  預言者の言葉を借りれば、キリストには、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもありませんでしたが(旧約聖書イザ ヤ書53章2節)、人々の間で一緒に過ごし、重荷や悩みを引き受けるために来たのです。 このときのキリストは、ルオーが描いた「聖なる顔」のように、大きな目をあけて、「あなたの悲しみや病を全部知っているよ」と声をかけるのです。ふつう には「神の顔」は見えないものです。しかし、「キリストの顔」の中には、「神の顔」が写っているのです。「聖なる顔」には慈愛にあふれた「神の顔」が映 し出されているのです。

  キリストは今日もあなたのところに来て、あなたの心にある重荷や悲しみを話してごらんなさい、と声をかけておられます。ぜひ、あなたの心でキリスト を迎えてくださいませんか。 きっと今日から、神にある慰めと喜びが心に満ちてくるはずです。(Ha)

 「主よ。あなたの御顔を私は慕い求めます。」(旧約聖書詩篇27:8)


――耳をすましてごらん――  

  耳をすましてごらん
あれははるかな
海のとどろき
めぐりあい
見つめあい
  誓いあったあの日から
生きるの強く
ひとりではないから
   詞:山田太一

 当時私は、毎朝テレビから流れるこの澄んだ歌声に未だ見ぬ将来の伴侶を思い描き、しかし現実には片思いと失恋を繰り返す田舎の中学生でした。それから30年がたち、内面は未だ当時と変わらぬ純粋さを持ち続けていたいと願っていても、外見は、白髪のおじさんと化し、日々の生活にあくせくと追われているのです。
 今回のチャペルコンサートを準備するなかで、改めて歌詞の意味を問い、私にとって人生の真実(けっしてひとりでは生きていけないこと)を考える良いときとなりました。デビューから35年が経った本田さんの今も相変わらずさわやかな澄みわたる歌声をこの緑園の丘で聞くことができるのを楽しみにしています。
 ぜひあなたのたいせつな人とおいでください。お会いできるのを楽しみにしています。               宣教部: 吉原央能

 

「緑園の丘」に導かれ、洗礼を受けました

 私は、昨年、胃癌の手術を受け、抗がん剤による治療も受けました。まだ、小学生でした子どものためにも、自分の努力で克服しようと早朝の散歩、健康食品、食事療法、気功などいろいろなことを試みていましたが、転移・再発への不安な気持ちをどうしても拭うことができませんでした。  勇気を出して参加した礼拝での賛美歌、宣教、そして、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)のお言葉・・・はじめて「よくがんばったね。そんなにがんばらなくてもいいよ。」と言っていただけたようで涙があふれてしかたがありませんでした。
 その後、聖書を学ばせていただく中で、以前の自分の価値観がどんなにむなしいものであったかを実感し、4月11日のイースター(復活祭)の日に洗礼を受けました。
 現在は、「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」(Tペテロ5:7)のお言葉を信じ、心安らかに日々を過ごしています。イエス様に出会うこともでき、病にも感謝しています。「緑園の丘」は、私にとって、暗闇で出会った光であり、道しるべとなりました。(吉田晴美)

 

第1回 丘展  小さな作品展

 緑園教会に集っている有志による小さな作品展を開催します。ぜひ見にいらしてください。

期間:2004年10月12日(火)〜18日(月)
時間:午前10時〜午後5時(最終日は4時半)
会場:相鉄緑園都市駅内  ギャラリー
展示内容:絵画・書道・短歌・クラフト等

 


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