みなさまは、輝く星が東方の博士たちをベツレヘムの幼子(イエス・キリスト)のもとへと案内したというクリスマスの物語をご存じでしょうか。ユネスコ世界文化遺産に指定されているドイツのケルン大聖堂(1248年に着工、幅86m、長さ144m、高さ157m、632年後の1880年に完成)は、この博士たちをたたえるために建てられたそうです。
東方−おそらくバビロニア周辺の国−の博士たちは、キリスト誕生のお祝いに黄金、乳香、没薬という当時の最も価値ある宝物を携えてかけつけました。
古からの教会の伝統では、
「黄金」は「キリストの王権」を象徴し、「乳香」は「キリストの神性」を象徴し、「没薬」は「キリストの受難・十字架」を象徴する、とされています。
そのいわれはともかくとして、博士たちは、星に導かれて、新しい世界の王の誕生を祝うためにはるばるエルサレム、ベツレヘムへと長旅をして、高価な宝物を幼子に贈りました。そして、幼子を「ひれ伏して拝んだ」のです。それは、宝物以上に博士たち自身(真心)を幼子にささげるすばらしい贈り物となりました。
けれども、このときほんとうの宝物を受け取ったのは、博士たちの方でした。
実は、幼子にひれ伏した瞬間(とき)に、博士たちは最高の贈り物(宝)を神から受け取ったのです。このベツレヘムの幼子は、人がこの方にひれ伏す瞬間(とき)、その人の心に宿ってくださる救い主だからです。そしてこの方のうちには、「知恵と知識との宝がすべて隠されている」(コロサイ2:3)、と聖書は語ります。
昨今のむごたらしい事件に限らず、私たち人間は自己中心で、始終他人と争い、親兄弟とも憎み合い、反抗的で、日々不安定な状態にあります。それは絶望的で破滅的です。しかし、神はそんな惨めな人間の間を通り過ぎることはできません。なぜなら神の愛は同一化を欲するからです。そんな惨めな私たち人間を救うために、救い主キリストは誕生されました。キリストは罪に傷つき苦しむ私たち人間の罪をすべて引き受け、身代わりとなって十字架で死ぬために誕生されました。このキリストの誕生によって、出口の見えなかった私たちに希望と平和がもたらされたのです。
こんな話しがあります。
札幌の小さな喫茶店に一人の若い女性がフラッと入ってきて、コーヒーを注文しました。二歳で母に死別、3兄弟バラバラにされて他家に預けられた。6歳で父が再婚。また家族5人の生活が戻ったが、彼女だけはなぜか新しい母に愛されなかった。姉はいつも彼女を励まし、大きくなったら家を出て一緒に暮らそう、それまで我慢してと支えていた。しかし、彼女が高校3年生の時、その姉が事故で死んだ。父に置き手紙をして、家出。札幌まできた。もう耐える力もなくなっていたのだ。
ふと気がつくと、その店の中に讃美歌が流れていた。手渡されたヨハネの福音書を夢中で読んだ。渇いた砂地に水がしみ込むようだった。そして次の日も、また次の日も出かけた。牧師の言葉を聞いているうちに「私と一緒に泣いておられるイエス様」に出会った。「生きていてよかった....。」
キリストは彼女のラスト・コーヒーをいのちの水に変えてくださったのだ。
今日あなたは、あの博士たちが持参したような、黄金、乳香、没薬の高価な宝物を持ち合わせていないかもしれません。けれどもあの博士たちのような贈り物(真心)はお持ちではないでしょうか。
そしてクリスマスの日、幼子の前にひれ伏す瞬間(とき)、あなたもあの博士たちのように、救い主キリストを心に宿すことでしょう。これがクリスマスの贈り物です。
緑園の丘からメリー・クリスマス!
あなたとご家族が幸せでありますように!
池田みゆき
クリスマスと言えばサンタクロース。しかし、サンタクロースの由来については意外と知られていない。
その昔、オランダの新教徒がアメリカに持ち込んだ聖ニコラス祭が、サンタクロース伝説の原型であるのが定説のようだ。
Sinterklaas(シンタークラース。聖ニコラスのオランダ語訛り)の風貌といえば、白い長髭、長い赤いケープにミトラ、そして杖。威厳の漂うその姿はどことなくカトリックの司教のようだ。
それもそのはず、シンタークラースのモデルの聖ニコラスとは4世紀のトルコに実在した司教なのだ。貧しき者に贈り物を与えた慈悲深い人物として人の尊敬を集めた。
シンタークラースは毎年11月中旬になると、ベレー帽にニッカボッカーズといういでたちの黒人家来たち(Zwarte Piet)を率いてスペインから船でやってくる。シンタークラースの上陸地という名誉に与った港町の市長は、多くの子どもたちと共に一行を出迎え、その様子は全国にテレビで生中継。この日からオランダの子どもたちにとって期待と緊張の日々が幕をあける。
一年間、良い子であった子にはプレゼント、悪かった子にはスペインに連れて行かれるという仕打ちが待っているからだ。
そして12月5日になると、子どもたちは暖炉の前に靴を並べ、期待に小さな胸を膨らませながら知っている限りのシンタークラースソングを歌う。それは子どもなりの精一杯のアピール。
夜中になるとシンタークラースは白馬に乗って良い子のいる家々の屋根を飛び回り、Zwarte Pietが煙突からプレゼントを届けてくれるからだ。それが何なのかは、翌朝のお楽しみ。
なぜトルコからスペイン?という話は割愛するが、長い月日と場所の変遷を経て誕生したサンタクロース。
トナカイのソリーに乗って北極からやってくる彼にも、実はキリスト教のバックグラウンドがあったのだ。(記:池田)
賛美歌にまつわるエピソード@ 〜ねずみさんありがとう「きよしこの夜」〜
クリスマスの賛美の中でもっともポピュラーな「きよしこの夜」。 この曲の作曲者は、フランツ・グルーバーという人で、オーストリアのオーベンドルフ村にある聖ニコラ教会の音楽教師ですが、長い間チロル民謡ということで作者不明で通っていたようです。 また、原曲の作詞者は、作曲者と同じ聖ニコラ教会で助祭をしていたヨゼフ・モールです。
実はモールは私生児で、父親は彼が幼い頃に行方知れずになり、母親と二人で貧しい暮らしをしていたそうです。その生い立ちのせいか、さまざまな苦難をなめ出世することなく、司祭にはなれず助祭で一生を終えた人でした。
この美しい名曲は、1818年のクリスマス前日に教会のオルガンがねずみにかじられて、突然故障してしまい、急きょグルーバーがモールの書いた詞に曲をつけギターの伴奏で演奏されたという話です。
原曲の歌詞はドイツ語で書かれており、「静かな夜、聖い夜」で始まり、静けさが強調されています。
大塚野百合さん訳の第一節を紹介します。
静かな夜!聖い夜!
すべての者が眠りに落ち、
目覚めているのは、愛すべき聖母子。
巻き毛の気高い幼子は、
天国のやすらかさに包まれて眠りたもう。
天国の安らかさに包まれて眠りたもう。
ねずみがオルガンをかじらなければ、この名曲は作られなかったかもしれないと思うと「ねずみさんありがとう」。
と言いたくなります。そして、恵まれなかった一生を送ったモールでしたが「きよしこの夜」は、毎年クリスマスになると世界中で歌われ愛されている名曲になりました。 (文:荒井恭子)
引用資料:大塚野百合著「賛美歌と大作曲家たち」創元社