聖金曜日に十字架で処刑されたキリストのご遺体が、真新しいお墓に納められるのを、マグダラのマリヤと女性たちは見届けました。そして彼女たちは安息日(土曜日)のためにできなかった埋葬時の手続き(香料で清め、豊かな香りを添える)をきちんとし直そうと、日曜日の朝まだ暗いうちに墓へ出かけました。
【1】「悪霊」に憑かれていたマリヤ/
ところで、マグダラ(地名で、現在のイスラエル、ガリラヤ湖の南西にある)のマリヤは「七つの悪霊」に憑かれていて、キリストによって追いだしてもらった女性です(ルカ8:2)。
「悪霊」というのは、私たち人間の人格を破壊し、支配する、非人間的、暴力的な霊の力です。そのためマリヤは理性も感性も深く痛めつけられて自暴自棄になり、社会から外れ、孤独で、絶望の闇におびえる毎日を送っていたのです。彼女には神を愛し、隣人を愛し、自分自身を愛するというような人間性のかけらもみられませんでした。しかし、キリストはマリヤを悪霊の支配から解放し、新しい喜びと力の人生を取り戻してくださったのです。
【2】泣いていた時に
しかし今、葬られたキリストを思い悲しんでいましたが、お墓に来てみると、ご遺体がどこにも見あたりません....マリヤはその衝撃的な出来事に打ちのめされ、さらに深く沈んでいきました。墓のところでたたずみ泣いていた時です。
「なぜ泣いているのか」と尋ねる(天使の)声がありましたが、マリヤにはご遺体が見あたらないわけがわかりません。かつてキリストご自身が復活の約束をされたことを(ヨハネ16:22)、まったく忘れていたのです。
マリヤがうしろを振り向くと、そこにキリストは立っておられました。そして「なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」と尋ねられますが、マリヤにはまだわかりません。そこでキリストは彼女の名前を呼ばれます。
「マリヤ」。
この瞬間にマリヤは、羊が自分の羊飼いの声を聞き分けるように、彼女のたましいの牧者であるキリストの復活を悟ったのです。
「ラボニ(私の先生)」。
十字架の死から三日目の、あの日曜日の朝に悲しみに沈んでいたマリヤのたましいにいのちの光が注がれました。そのとき、涙の中から永遠の希望の光が輝き出ました。
【3】復活−死から生への逆転
キリストの十字架の死によって天国への扉が開きました。そしてキリストの復活は天国への大路です。聖書に「死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる神」(ローマ4:17)とありますが、復活は死から生への出来事です。それは生から死へと移っていく人生を逆転する出来事です。十字架と復活のキリストを信じる者には永遠のいのちが与えられ、開かれた扉から大路を通って天国(神)へ至るのです。
最近、私の母が87歳の生涯を閉じました。13歳から23歳までの10年間を「奉公」で過ごしたその人生は"おしん"と重なるものでしたが、のちにそんな母をそのままで受け入れてくれたあわれみ深いキリストを信じて、たましいの平安を得ていました。それで最後まで手縫いの半纏や袋物(さすがに歳とともに縫い目が曲がりはじめた)は、教会で出会う人や子どもたちに差し上げては喜ばれていました。そして、いつものように日曜礼拝に出て、月曜日には好きな"水戸黄門"を観て、火曜日の朝に家族のだれも気づかないうちに静かに神の御腕の中で目覚めました。母もまた確かに死から生(永遠のいのち)へと移されたのです。
今朝、何かがあなたの気持ちをふさぎ、あなたの心を閉じこめているのなら、あなたに呼びかける復活のキリストの言葉に耳を傾けてください。
「なぜ泣いているのか。」
「ラボニ」とキリストに心の向きを変えるとき、マリヤのようにあなたにも希望の光が差し込んでくるはずです。
復活のキリストを見上げるとき、死から生への逆転があなたにも起こります。
キリストの復活の祝福があなたの上に豊かにありますように。(原田)