緑園の丘 2006年号 vol.59
緑園の丘 2006年春号 vol.59

  "なぜ泣いているのか"〜復活−死から生への逆転〜
今年の春は、冬との間を往来しながら、あるいは足踏みしながら訪れ、その風と光に頬も心も和んできました。この季節は一年で一番変化のある時ではないでしょうか。卒業、入学、就職、退職、転勤、結婚、出産....眠っていた人がぱっと目覚めるような、一生の行事が一遍に来るような季節です。そんな季節に復活祭(イースター)は訪れます。

 横浜緑園キリスト教会主任牧師 原田憲夫



 

 聖金曜日に十字架で処刑されたキリストのご遺体が、真新しいお墓に納められるのを、マグダラのマリヤと女性たちは見届けました。そして彼女たちは安息日(土曜日)のためにできなかった埋葬時の手続き(香料で清め、豊かな香りを添える)をきちんとし直そうと、日曜日の朝まだ暗いうちに墓へ出かけました。

【1】「悪霊」に憑かれていたマリヤ/
 ところで、マグダラ(地名で、現在のイスラエル、ガリラヤ湖の南西にある)のマリヤは「七つの悪霊」に憑かれていて、キリストによって追いだしてもらった女性です(ルカ8:2)。  「悪霊」というのは、私たち人間の人格を破壊し、支配する、非人間的、暴力的な霊の力です。そのためマリヤは理性も感性も深く痛めつけられて自暴自棄になり、社会から外れ、孤独で、絶望の闇におびえる毎日を送っていたのです。彼女には神を愛し、隣人を愛し、自分自身を愛するというような人間性のかけらもみられませんでした。しかし、キリストはマリヤを悪霊の支配から解放し、新しい喜びと力の人生を取り戻してくださったのです。
【2】泣いていた時に
 しかし今、葬られたキリストを思い悲しんでいましたが、お墓に来てみると、ご遺体がどこにも見あたりません....マリヤはその衝撃的な出来事に打ちのめされ、さらに深く沈んでいきました。墓のところでたたずみ泣いていた時です。 「なぜ泣いているのか」と尋ねる(天使の)声がありましたが、マリヤにはご遺体が見あたらないわけがわかりません。かつてキリストご自身が復活の約束をされたことを(ヨハネ16:22)、まったく忘れていたのです。  マリヤがうしろを振り向くと、そこにキリストは立っておられました。そして「なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」と尋ねられますが、マリヤにはまだわかりません。そこでキリストは彼女の名前を呼ばれます。  「マリヤ」。  この瞬間にマリヤは、羊が自分の羊飼いの声を聞き分けるように、彼女のたましいの牧者であるキリストの復活を悟ったのです。  「ラボニ(私の先生)」。  十字架の死から三日目の、あの日曜日の朝に悲しみに沈んでいたマリヤのたましいにいのちの光が注がれました。そのとき、涙の中から永遠の希望の光が輝き出ました。
【3】復活−死から生への逆転
 キリストの十字架の死によって天国への扉が開きました。そしてキリストの復活は天国への大路です。聖書に「死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる神」(ローマ4:17)とありますが、復活は死から生への出来事です。それは生から死へと移っていく人生を逆転する出来事です。十字架と復活のキリストを信じる者には永遠のいのちが与えられ、開かれた扉から大路を通って天国(神)へ至るのです。
 最近、私の母が87歳の生涯を閉じました。13歳から23歳までの10年間を「奉公」で過ごしたその人生は"おしん"と重なるものでしたが、のちにそんな母をそのままで受け入れてくれたあわれみ深いキリストを信じて、たましいの平安を得ていました。それで最後まで手縫いの半纏や袋物(さすがに歳とともに縫い目が曲がりはじめた)は、教会で出会う人や子どもたちに差し上げては喜ばれていました。そして、いつものように日曜礼拝に出て、月曜日には好きな"水戸黄門"を観て、火曜日の朝に家族のだれも気づかないうちに静かに神の御腕の中で目覚めました。母もまた確かに死から生(永遠のいのち)へと移されたのです。  今朝、何かがあなたの気持ちをふさぎ、あなたの心を閉じこめているのなら、あなたに呼びかける復活のキリストの言葉に耳を傾けてください。  「なぜ泣いているのか。」  「ラボニ」とキリストに心の向きを変えるとき、マリヤのようにあなたにも希望の光が差し込んでくるはずです。 復活のキリストを見上げるとき、死から生への逆転があなたにも起こります。 キリストの復活の祝福があなたの上に豊かにありますように。(原田)   


信仰の証ー聖書は、病める魂を救う、唯一の書物ー 原田 裕介


-“心の貧しいものは幸いです。天の御国はその人のものだからです”- このようにイエスが語った言葉の数々は、人の心の底にある苦悩や願いを言い当てているのではないでしょうか。 人の心の旅路に終着地点があるとするなら、私にとって聖書は真にその地であるように思えたのです。  聖書を持ち、単身で来た私を、緑園キリスト教会の方々は暖かく迎え入れてくださいました。その後、日曜の礼拝と、新しい友人たちと過ごした一年間は、硬く凝り固まった私の心を少しずつ溶かしていったのです。 そして、2005年のクリスマスに洗礼を受け、一人のかたくなで本好きな青年はクリスチャンとして人生を歩み始めています。  この科学万能の時代に、なぜ宗教なのかという声を耳にすることがあります。しかし、自分の体の仕組みでさえ把握できぬ人間に、何ができるというのでしょう。 -“・・・だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。”- イエスは、働きもしない鳥や花を、主なる神が養い育てている光景を見て、弟子たちに語ります。人は一人で生き抜くことはできず、その能力にも限界があり、思い通りの人生航路を定めることはできない。それを受け入れ、心の底からへりくだり、思いを尽くして隣人を愛することによって、人は初めて心の平安・救いを得るということを、私は感じ取っています。

 
 

ナルニア国物語  〜ライオンと魔女〜

 最近CMで歴史上の人物が次々とタンスの中から現れ、現代の快適な暮らしに驚く。という内容のものが流れています。『おもしろいなぁ。』と思いながら、それに似ている…つまりタンスが別世界へ繋がっている物語があることを思い出しました。それが“ライオンと魔女”ナルニア国物語の第1巻です。 作者はC.S.ルイス(1898-1963)。彼はクリスチャンでした。  この“ナルニア国物語”は全7巻から成っています。物語は1巻1巻完結しますが、どの作品も繋がっています。“ライオンと魔女”の主人公はイギリスに住む4人兄弟です。この子供たちがタンスを通って“ナルニア国”という全くの別世界へと迷い込むことから物語は始まります。 足を踏み入れたナルニア国は寒く雪が積もる冬でした。何と100年もの間冬が続いているのです。それは白い魔女の仕業によってでした。ナルニア国に住む動物たちは春が来るのを心待ちに、そして何より白い魔女の支配から解放されたいと心底思っていました。 ここまで聞くと子供たちが魔法や呪文を手に入れ魔女と戦い勝利する…という展開を想像するのではないでしょうか? しかし、そうではありません。確かに子供たちはナルニア国であらゆる経験を通し成長していきます。けれど人間は人間。呪文や魔法を使えるようにはなりません。では、どのように魔女と戦ったのでしょうか? 先程、主人公を紹介しましたが大切な方を紹介し忘れました。“ライオンと魔女”だけでなくナルニア国物語全体の主人公アスランです。 アスランはナルニア国の創造主でした。アスランは白い魔女に勝利するために、子供たちを守るために驚くべき方法を選択するのです…。  この“ナルニア国物語”はディズニーの制作で3月4日から全国で上映されています。  文庫本は小学校中学年から読める漢字と内容で出版されています。映画を見る前、見た後にぜひお読みください。 そして、C.S.ルイスがアスランを何に例え子供たちを何に例えたのか、私たちに何を伝えようとしているのか考えてみようではありませんか。


(記:岡本美穂)
      

 


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